大谷映芳の経歴は?現在の破天荒ディレクターナスDとの関係は?

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大谷映芳の経歴 テレビ・映画
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大谷映芳さんってどんな人?と思った方も多いはず。

破天荒ディレクターのナスDとタッグを組んで、秘境のマダガスカルへ取材に行くなんて、どれだけ「破天荒」なんだろうと気になりました。

そこで今日は、大谷映芳さんの現在の担当番組や年齢、経歴を調べましたのでご紹介します。

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大谷映芳の経歴は?

大谷映芳(おおたにえいほう)

1947年神奈川県座間市出身

神奈川県湘南高校では山岳部に所属、卒業後は早稲田大学に進学し山岳部に所属。

早稲田大学卒業後、NETテレビ(現在のテレビ朝日)に入社。制作部、映画部、スポーツ部、報道部などを担当。

1986年から2000年まで「ニュースステーション」の特集コーナーや自然系の特別番組制作で、世界の辺境を取材。

毎日新聞

ナスDと秘境へ行くなんて、若いのかな?スポーツ万能で体力に自信がある人なのかな?と思いませんか。

大谷英芳さんは日本テレビへ入社後、制作部、映像部などを経て1986年から2000年までニュースステーションの特集コーナーで世界の秘境(ギアナ高地、ミャンマー、ケニア、サハラ砂漠など)世界各地を取材をされていました。

学生時代は、早稲田大学で山岳部に所属していたとのこと。

登山家としての実績も素晴らしく、1981年8月にK2登頂に成功されていました。

K2とは、カラコルム山脈測量番号2号を意味し、パキスタンの最高峰でもありカラコルム山脈の最高峰でもあります。

K2の標高は8611mで世界2位ですが、エベレストよりも難易度が高く、死亡率も高いといわれる山なんだそうです。

死亡率23%ほどといわれ、4人に一人が亡くなられている計算になります。

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大谷映芳の現在は?

大谷映芳さんは現在76歳になられています。テレビ朝日を退職されて、登山家やNPO法人の代表をされているようです。

大谷映芳さんは、1996年にドルポ基金という支援事業を立ち上げ、ネパールのドルポ地方に医療センターを建設するなど慈善活動を展開されています。

NPO法人EARTH WORKS SOCIETYのホームページはこちら

テレビに関する活動は、2020年に「天空のヒマラヤ部族 決死の密着取材150日間」で長期の体当たり取材をされました。

また、本を執筆され、講演会も開催されています。

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大谷映芳と破天荒ディレクターナスDとの関係は?

元祖破天荒ディレクターの大谷映芳さんと、現在の破天荒ディレクターナスD・友寄隆英さんはどんな関係なのでしょうか。

大谷映芳さんが手がけた「ニュースステーションの辺境シリーズ」は過酷な海外取材を手がけ、そのほとんどに自分が出演するスタイルは、今のナスDにもつながる破天荒ディレクターの先駆けともいえます。

ナスDは、この「ニュースステーションの辺境シリーズ」を子どもの頃に見ていたそうです。

そんな二人がタッグを組んだ番組が、2020年3月に放送された「氷と雪に閉ざされた秘境の地 天空のヒマラヤ部族 決死の密着取材150日間」です。

大谷映芳さんはナスDに向け「狭い日本から飛び出て、世界を知ることができるような番組も増えていってほしいですよね。友寄くんにはもっと頑張ってもらって。私もできるだけお手伝いしていたいと思います」とコメントされていました。

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大谷映芳のまとめ

大谷映芳(おおたにえいほう)さんは、湘南高校時代から山岳部に所属。

テレビ朝日に入社後は「ニュースステーション」では、世界の辺境を取材し、過酷な海外取材を手がけ、そのほとんどに自分が出演するスタイルは、今のナスDにもつながる破天荒ディレクターの先駆けともいえます。

登山家としての実績も素晴らしく、1981年8月にK2登頂に成功されています。

さらに、NPO法人EARTH WORKS SOCIETYの代表を務め、1996年にドルポ基金という支援事業を立ち上げ、ネパールのドルポ地方に医療センターを建設するなど慈善活動を展開。

2020年に「天空のヒマラヤ部族 決死の密着取材150日間」で長期の体当たり取材をされ、ナスDと共演、新旧の破天荒ディレクターによる番組は大人気となりました。

現在76歳の大谷さん、これからも秘境ディレクターとして活躍する姿を楽しみにしています。

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